長崎県の軍艦島、、、、本名は端島(はしま)です。
海底炭鉱の島として大いに栄え、閉山後は廃墟化した無人島。。。
ついに願いが叶い、上陸する事が出来ました。
島まで運んでくれた船は、第七ゑびす丸が運行する「アイランド号」。
定員20人、総トン数4.9トンの遊漁船です。
上陸後は、自由に島内を歩き回れる訳ではありません。
ガイドさんに引率され、決められた遊歩道を歩く形です。
アイランド号の2名のガイドさんは、いずれも元島民の方々です。
船が接岸したドルフィン桟橋から橋を渡れば、軍艦島の本体です。
ココが島の入り口。なんだか城壁みたいですね。
敵襲を防御する為ではありません。
攻めてくるのは波です。
台風の威力はキョーレツで、、、、
ドルフィン桟橋は、2度も破壊されているそうです。
ココは、かつての上陸口でしょうか。
端島は、炭鉱夫の居住地を増やす為に何度も拡張され、
最終的には、島の面積は3倍にもなったそうです。
その結果、、元々の島の形状も判らない、人工的な長方形の島になった訳ですね。
それが、軍艦島と呼ばれる形状の所以です。
端島が拡張されていった履歴がコチラ。
長崎市公式観光サイトが発行したパンフレットをスキャンしました。
ココが「第1見学広場」です。
このような広場が3つほどありまして、一本道の見学通路で結ばれています。
片道300m、、、往復で600mほどだけが、行動可能な全てです。
もっと自由に歩き回りたいところですけれど、
とにかく建物の崩落が著しいので、、、
行ってよいと言われたってヘタに近寄れないですよ。アブナっかしくて。
島全体が、そんな感じです。
この建物が、「三菱端島鉱業所 総合事務所」。
島の行政・労務・鉱業管理などの中心だったそうです。
島の行政・労務・鉱業管理などの中心だったそうです。
そう言われてみれば、なんだかカンロクがアリアリですね。
島内にある住居では無い建物跡としては、貴重な存在なのだとか。
このあたりに、第二竪坑(たてこう)の入り口があったそうです。
地下の炭鉱に降りていく縦穴ですね。
シゴトが終わると、みんな真っ黒になって戻ってきますから、
入口近くに大浴場があったんですって。
その後はビールが待っていたんでしょうね。ごくり。。
そういうシーンはワタクシの想像ですけれど、、、
給料が本土の倍にもなる裕福な島だったそうですから、
さぞや高級な酒を呑んだに違いありません。
テッペンの四角い建物は給水槽。
水は、かつては船で運ばれ、、、、
後に、海底に敷かれた配管で高島から給水されたそうです。
小さな離島の宿命である渇水の問題は、端島には無かったのですね。
ここはプールの跡地。
水が豊富だからこそ、そのようなものもあったのですね。
南北大東島には、海岸の岩を繰り抜いた天然の海水プールがありましたけれど、
端島は一周が断崖ですから、海水浴は厳しかったと思われます。
「第3見学広場」からの眺めです。
ココで終点。この先には立ち入れません。
真正面の建物が30号棟。
日本最古の鉄筋コンクリート造りの建物です。
建物が真っ二つに割れて見えますよね?
実は、コレは比較的最近の大崩落。
2020年の3月に崩れたとの事で、、、
それ以前の写真を見ると、キッチリと四角い建物です。
このような崩落は、日常的なのでしょうね。。
先ほどの総合事務所も崩落が進み、、、
横から見ると、鉄骨で補強されているのが確認できます。
なるべく表からは目立たないよう、工夫はされていますが。
ところで、、、、
世界遺産に登録されたモノを、このようにイヂクってしまって
モンダイが無いのでしょうか。。
その答えは、、、、、イイんです。
なぜならば、、、端島は島ごと全てが世界遺産に登録された訳ではありません。
なにしろ登録された名目は「明治日本の産業革命遺産」ですよね。
端島のコンクリ建造物は大正から昭和にかけて建てられたものですから、
世界遺産の対象外なんです。
確かに、歴史的に貴重な建造物ではありますけれど、、
あくまでも、この世界遺産登録とは別件なのでした。。
ならば、端島の何が登録されたのかと言いますと、、、、
坑口など、炭鉱に直接関係する明治時代からの施設。。
ただし、それらは見学ルートからは見る事が出来ません。
そしてもう一つの登録要素は、護岸の一部。
コンクリやセメントなどが無い時代に、、、
天川(あまかわ)と呼ばれる伝統的な工法で岸壁が作られ、
それの残骸が、世界遺産に認定されているんです。
その部分がココ。「第2見学広場」の前にあります。
これだけが、実際に目にする事が出来る世界遺産の登録部分なのでした。
それならば、軍艦島は歴史的な価値が無い?
とんでもございません。
繰り返しになりますが、あくまでも
世界遺産「明治日本の産業革命遺産」には一部分しか嚙み合わなかっただけで、
島の歴史にしろ残された遺構にしろ、見応えはバッチリ。
そしてオドロオドロしさもアリアリです。
これまで訪れた巨大廃墟と比べても、ブットビ級の規模ですし。
(面積なら別子銅山が圧巻ですが、建造物の数ではコチラでしょう)
島内での滞在時間は45分と決められていますので、
アッという間にオワカレの時刻になりました。
名残惜しいですけれど、、、次の船も着岸しちゃってますし。。。
エッ? ブラックダイヤモンドが着岸?
ならば、我らはどうやって帰ればイイのでしょう。。
ドルフィン桟橋には、我らがアイランド号が取り付く余地もありません。。
ま、まさか、、、ブラックダイヤモンドに捕獲され、、
そのままドレイにされるのでわ。。
ガイドさんからは、そのままブラックダイヤモンドに乗るように指示されました。
定員20名のアイランド号とは大違いで、、
ブラックダイヤモンドはドルフィン桟橋との間にタラップを渡し、
絨毯まで敷いてあるお大尽仕様。
なので、アッサリと安全に乗船する事が出来ました。
これならば、ジャンプどころかスキップでも乗れますよ。
でも、、、、ドレイはイヤです。。
もちろん、そんな事はありません。
ブラックダイヤモンドの向こう隣にアイランド号が停泊していまして、
船から船へ乗り移る仕組みだったんです。
要は、ブラックダイヤモンドを浮桟橋として使った訳ですね。
なのでジャンプも必要無し。これまた安全です。
乗船時に、いちいち船を入れ替えるのは時間も燃料もムダでしょうから、
このような仕組みにしたのでしょう。
ドレイにされる事もなく、、アイランド号は無事に出港。。
桟橋のほうを振り返ると、、
早くも、ブラックダイヤモンドの乗船客たちが、船に戻るところでした。
一瞬だけ乗船したブラックダイヤモンドの船室は、エアコンも完備の快適さで、
ガイドさんからは、
「そのまま座っちゃダメですよぉ」
などと、オヤクソクの注意を頂戴したのでした。
ならば、軍艦島に行くのはブラックダイヤモンドに限る?
いえいえ、そうとも限りませんでしょう。
ワタクシどものアイランド号は乗客18人なのでキビキビ動けましたけれど、
200人からのブラックダイヤモンドは、乗下船や島内での移動など、
アレコレ余計な時間が掛かってる印象でした。
船のサイズだけでなく、本土側の発着場所も経由地もアレコレ違いますから、
その内容によって、ご希望のクルーズ会社を決めれば良いと思います。
野母港に戻る途中、、、、高島の姿が見えました。
端島の親分格の島で、同じく海底炭鉱で賑わった島ですが、
閉山後も無人島にはならず、どうにか観光を頼りに頑張っている模様です。
双方の島の閉山後の運命の分かれ道は、島の規模でしょうかね。
端島はまさに「軍艦」なのに対し、コチラはキッチリと島の様相ですし。
島の面積は、それぞれ0.1平米と1.34平米で、勝負になりません。。
今回、我が家は高島に立ち寄る予定はありませんですけれど、、、
機会があれば満更でもありません。
なにしろ離島めぐりは、我が家の主食ですから。。
端島の建物配置図。
長崎市公式観光サイトが発行したパンフレットをスキャンしました。
長崎市公式観光サイト内の端島の紹介ページ。
軍艦島クルーズを実施している会社のリストもあります。
アイランド号 公式サイト:
この記事へのコメント
ponies
美味しい主食に在りつけましたね、おかげでPCを見ながら見物
出来て有難いです。
いろいろな見物用の船が在るのですね、貴重な遺産ですね。
若い頃「新しい日本」という雑誌で現役の端島炭鉱を紹介していた
記事を思い出しました。
地下の坑道は今では海水を入れて安定させているのでしょうね。
おぎひま
閉山は1974年だそうですから、
ワタクシも閉山前の何かしらのニュースに接している可能性はあると思います。
ただしコドモなので、どんだけ興味を示したのやら。。
ご指摘の通り、海底1000mまで掘り進めた坑道は、
水没したまま入り口を塞がれているそうです。。
山ちゃん
いや~あっ、念願が叶って軍艦島に上陸できましたね。前後の日にちでは接岸できなかったのであれば超ラッキーじゃないですか。離島めぐりが趣味でも世界遺産に登録されている島は貴重ですね。
yona
プールなどの恵まれた娯楽施設とは裏腹に過酷な労働だった事には違いないのではないでしょうか。
また、大陸からたくさんの強制連行が行われていたという事で世界遺産登録に反対していると聞きます。
ちょっと複雑です。ごめんなさい。
narayama2008
遂に軍艦島に上陸、廃墟化した島なのでガイドさんに従って見て回るのですね。
目の前にすると迫力がありそうですね(^^)
おぎひま
奄美大島、徳之島、沖縄本島、西表島、屋久島、小笠原諸島などなど、
世界遺産に登録されている島は案外とあるんです。
コチラ端島は、ほんの一部ですけどね。。
でも、客寄せとして大々的にアピールしているんでしょうね。
おぎひま
端島で中国人・韓国人労働者が働いていたのは記録も残っている事実ですが、
「強制連行」「過酷な労働」については、誇張や捏造がある模様です。
韓国側がら過酷な強制労働の証拠とされたのが、
NHKが1955年に制作した「緑なき島」という短編映画。
その中の炭鉱の映像について、端島の旧島民が
「端島の炭鉱ではなく、時代も違う」と指摘。
名誉を傷つけられたとして、NHKを相手に訴訟に出て、
結果、NHK会長が謝罪に追い込まれています。
産経新聞の記事:
https://www.sankei.com/article/20250329-A3437BGFLJH2PBS23ZQ3FPHIPU/
NHKの言い分:
https://www.nhk.or.jp/info/pr/opinion/ikisatsu/
おぎひま
とにかく崩落が激しく、
規模もデカいので、補修するにも手のつけようも無いと思います。
自然に帰っていくのを見守るだけでしょうね。
それはそれで貴重な存在かもしれません。
なんだか、人類亡き後の世界を見ているみたいです。
カスミッシモ
学校もあったんですよね。不思議な街です。
おぎひま
そうなんですよ、構図によってはホントに軍艦なんです。
島の長さは480mですから、世界最大のホンモノの軍艦よりも長いです。。
軍艦島の最盛期の人口は5200人。
ちょっとした町や村クラスの規模ですね。
中村裕司
島全体ではなく、坑道など一部が世界遺産の構成資産というのもよく分からないというか、こういう抽象的な世界遺産は、姫路城や厳島神社などと異なり、分かりにくいですね。
おぎひま
ワタクシどもが実際に見れた世界遺産部分は、
レンガの旧防波堤だけ。。。
少し誇張を感じちゃいますね。
でもワタクシは、世界遺産とか関係なしに行きたかったので、
何もモンクはありません。