2003年の小笠原・振り返り旅行記も、これで最終回です。
南スタンリー船長が操る、我らがピンクドルフィン号は、
いよいよ南島に向かいました。
上陸ポイントは、鮫池と呼ばれる入江の中。
ソコに入るには、テクニカルな狭路通過が待っているとの事でした。
どきどき。。。
20年以上前に書いた文章なので、モンダイ個所もありましょうけれど、
ほぼ原文ママでの転載となります。
観光情報としては使えませんが、なんとなく雰囲気が伝わればと思います。
写真は、注釈がなければワタクシもしくはカミさんの撮影で、
プリント写真をスキャンしたものですから画像は悪いです。。。
===========以下、本文============
動き出した船は、再びハートロックの前を通り、いよいよ南島への上陸だ。
しかし、問題が2つある。
その1。
この島は、観光客の踏み痕による自然破壊が問題となっていて、
しかし、問題が2つある。
その1。
この島は、観光客の踏み痕による自然破壊が問題となっていて、
今は一日の上陸者を100人に制限しているのだ。
それは良い事ではあるのだろうけれど、自分が上陸できないのでは悲しすぎる。
また、イロイロなツアー船が入り乱れ、
それは良い事ではあるのだろうけれど、自分が上陸できないのでは悲しすぎる。
また、イロイロなツアー船が入り乱れ、
シーカヤックなど自力で上陸する人々もいる状態で、
どうやって上陸人数の制限を実行しているのかも何気に気になる。
その2。
南島には仮桟橋さえなく、鮫池と呼ばれる小さな入江の奥の岩場に、
その2。
南島には仮桟橋さえなく、鮫池と呼ばれる小さな入江の奥の岩場に、
船から渡し板を掛けての上陸になるのだ。
問題なのは、その鮫池への入り方。
鮫池の入り口は、それなりの船で入り込むには極めて狭いのだ。
船は左右から迫った岩の間をスリヌケて入らなければならず、
問題なのは、その鮫池への入り方。
鮫池の入り口は、それなりの船で入り込むには極めて狭いのだ。
船は左右から迫った岩の間をスリヌケて入らなければならず、
水没している岩も邪魔をしていて、このクルーザーの場合で幅の余裕は数メートルもない。
しかも鮫池の入り口付近は、東映映画のオープニングを思わせる高波に揉まれている状態で、
しかも鮫池の入り口付近は、東映映画のオープニングを思わせる高波に揉まれている状態で、
タラタラと船を進めたら波に押されて岩にブツかってしまう。
格安極小建売住宅の車庫入れなんかと比べ物にならないムツカシさであることは間違い無く、
格安極小建売住宅の車庫入れなんかと比べ物にならないムツカシさであることは間違い無く、
現に、頻繁に衝突事故が起こっているそうな。
船は、鮫池の入り口を正面に見据える位置に停船し、キャプテンは
「さぁ、行きますよぉ。シッカリと両手で船のどこかを掴んでぇ!!」
などと告げるや否や、イッキに急発進!!!!
なんだかUSJのアトラクションのような一瞬が過ぎ・・・・・・
気が付けば、穏やかな鮫池の中に浮かんでいた。
もちろん、船がブツかって海に放り出された訳では無く、
「さぁ、行きますよぉ。シッカリと両手で船のどこかを掴んでぇ!!」
などと告げるや否や、イッキに急発進!!!!
なんだかUSJのアトラクションのような一瞬が過ぎ・・・・・・
気が付けば、穏やかな鮫池の中に浮かんでいた。
もちろん、船がブツかって海に放り出された訳では無く、
無事に通り抜けた船が浮かんでいるのだ。
上陸したら、ゴツゴツした岩肌を這い登らなければならない。
観光客用の階段など設けず、全く自然の状態で島を残す配慮なのだ。
遊覧船気分で参加したと思われる老夫婦にとってはキツそうだけれど、コレで良いのだ。
その岩を登りきれば、ウワサどおりの絶景が待っていた。
扇池と呼ばれる、小さな洞窟で海と繋がっている入り江が目の前に広がり、
真っ白い砂浜がそれを囲んでいる。
なんだか、ウソっぽいほど見事な光景なのだ。
砂の中に多々転がっている白い貝殻は、大昔に絶滅したカタツムリの化石で、
なんだか、ウソっぽいほど見事な光景なのだ。
砂の中に多々転がっている白い貝殻は、大昔に絶滅したカタツムリの化石で、
ココにしか存在しない貴重なモノなのだそうだ。
ううむ。
一歩間違えればシュールとも言えるこのタダナラぬ風景には、
ううむ。
一歩間違えればシュールとも言えるこのタダナラぬ風景には、
そういう逸話も良く似合う。
なにやらイワクありげな伝説を作り、
なにやらイワクありげな伝説を作り、
恐山のようなカザグルマなんかをわざとらしく並べれば、
霊験あらたかなる霊場にも見えてしまうかもしれない。
しかし、南国の明るい日差しは、そんなヤラセを決して許さないだろう。
しかし、南国の明るい日差しは、そんなヤラセを決して許さないだろう。
扇池の奥に、小さなホントの池があり、一匹の子亀が泳いでいた。
再び半ケツ姿に戻ったオネェチャンによると、この砂浜で孵化した子亀の中で、
海に帰らずに間違って池に入ってしまうのがたまにいるそうだ。
確かに、海の荒波に揉まれるよりは、いかにも平和っぽい池ではあるけれど。
「そういう場合、どうなります」
「エサがとれないんで死んじゃいます」
いたたまれなくなったのか、
確かに、海の荒波に揉まれるよりは、いかにも平和っぽい池ではあるけれど。
「そういう場合、どうなります」
「エサがとれないんで死んじゃいます」
いたたまれなくなったのか、
ツアー客の中の落武者風のオッチャンが池に入り込み、その子亀を捕まえた。
「コレって、海に返してやってもいいですか?」
「問題は無いと思います。でも・・・・・・」
海に繋がる扇池に放たれた子亀は、大慌てで砂浜に這い上がり、
「コレって、海に返してやってもいいですか?」
「問題は無いと思います。でも・・・・・・」
海に繋がる扇池に放たれた子亀は、大慌てで砂浜に這い上がり、
さっきの池を目指してしまう。
何度繰り返してもダメなのだ。
『厳しい現実から目をそむけて、住むべき世界を見誤ると・・・・』
なんて、なんだか人生教訓にでもなりそうな話だけれど、
何度繰り返してもダメなのだ。
『厳しい現実から目をそむけて、住むべき世界を見誤ると・・・・』
なんて、なんだか人生教訓にでもなりそうな話だけれど、
それは子亀には当てはまるまい。
生まれた途端に刷り込まれてしまった過ちなのだろうか。
あるいは、生まれる前から運命付けられた定めなのだろうか。
落武者風も遂に諦め、ヒョコヒョコと池に向かっていく子亀をただただ見守るしかなかった。
そうなる事を、半ケツねぇちゃんは知っていたのだろう。
「前にも同じような子亀がいたんですけどねぇ・・・・・」
その結果は、誰も聞こうとはしなかった。
生まれた途端に刷り込まれてしまった過ちなのだろうか。
あるいは、生まれる前から運命付けられた定めなのだろうか。
落武者風も遂に諦め、ヒョコヒョコと池に向かっていく子亀をただただ見守るしかなかった。
そうなる事を、半ケツねぇちゃんは知っていたのだろう。
「前にも同じような子亀がいたんですけどねぇ・・・・・」
その結果は、誰も聞こうとはしなかった。
島の小高い丘の上に、上陸する人数制限のヒミツの答えがあった。
朝、一番乗りで係りのニィチャンが上陸し、
朝、一番乗りで係りのニィチャンが上陸し、
次々と訪れる上陸者数をカウントしていたのだ。
そして丘の上に、上陸者数が制限人数以内なら青い旗、
そして丘の上に、上陸者数が制限人数以内なら青い旗、
もう人数オーバーなら赤い旗を掲げ、南島を目指して来た船は、
赤旗を発見したら上陸を断念しなけりゃいけない仕組みとなっていた。
赤旗が見えてしまった場合は、船長から説明される前にガッカリしてみせれば、
赤旗が見えてしまった場合は、船長から説明される前にガッカリしてみせれば、
他の客に威張れるかもしれない。
しかし、日陰の無い炎天下で、頑張って赤旗を掲げてる
しかし、日陰の無い炎天下で、頑張って赤旗を掲げてる
係のニィチャンへの敬意を忘れてはダメなのだ。
船は南島を後にし、父島との海峡をに入る。
おおっ、目の前はウワサのジョンビーチ!!
浜には数隻のシーカヤックが乗り上げられていて、
おおっ、目の前はウワサのジョンビーチ!!
浜には数隻のシーカヤックが乗り上げられていて、
ノンビリとくつろぐ人々がコチラに手を振ってくれる。
こちらからも手を振り返したりしながら、船はゆっくりと父島に沿って進む。
あとは二見港に戻るだけで、同時に我が家の小笠原滞在も終わる事になる。
こちらからも手を振り返したりしながら、船はゆっくりと父島に沿って進む。
あとは二見港に戻るだけで、同時に我が家の小笠原滞在も終わる事になる。
ほどなく目の前に見えてきたのは『ブタ海岸』と呼ばれるビーチで、
純白のジョンビーチに比べると、なんだか灰色にくすんだ砂浜である。
このブタ海岸も、父島にありがちな
このブタ海岸も、父島にありがちな
「山歩きした者だけが到達できるビーチ」の一つなのだけれど・・・・
実は小笠原にくる前から、そのネーミングが気になっていたのだ。
出発前に各種HPなどを調べて見ると、様々な説が記載されていた。
・米軍が、そこで食料用のブタを飼った為。
・海豚(イルカ)が語源であり、いつのまにか豚になった。
・正確な命名由来は、判明していない。
などなど。
しかし、実物を目の前にしても、どう見てもブタを名乗る根拠が見当たらないではないか。
なぜブタなのだ?
そんな気持ちが通じてしまったのか・・・・・・・
ナイスタイミングで、キャプテンが語り始めたのだ。
「このブタ海岸って名前は・・・・」
おおっ!
もしかしたら、何らかの手がかりを知っているのかも知れない!
「自分達が命名した」
な・なんですとぉ?
いきなり正解が判明してしまった!!
キャプテンは、その名前が示す通り、欧米系移民の子孫だったのだ。
太平洋戦争中に小笠原から強制退去させられた全島民は、
実は小笠原にくる前から、そのネーミングが気になっていたのだ。
出発前に各種HPなどを調べて見ると、様々な説が記載されていた。
・米軍が、そこで食料用のブタを飼った為。
・海豚(イルカ)が語源であり、いつのまにか豚になった。
・正確な命名由来は、判明していない。
などなど。
しかし、実物を目の前にしても、どう見てもブタを名乗る根拠が見当たらないではないか。
なぜブタなのだ?
そんな気持ちが通じてしまったのか・・・・・・・
ナイスタイミングで、キャプテンが語り始めたのだ。
「このブタ海岸って名前は・・・・」
おおっ!
もしかしたら、何らかの手がかりを知っているのかも知れない!
「自分達が命名した」
な・なんですとぉ?
いきなり正解が判明してしまった!!
キャプテンは、その名前が示す通り、欧米系移民の子孫だったのだ。
太平洋戦争中に小笠原から強制退去させられた全島民は、
1968年の返還まで島に戻る事は出来なかったのだけれど、
このキャプテンらの欧米系島民だけは、
終戦直後に帰島を許されたのだそうだ。
島に戻ったキャプテンらは、さっそく島の復興に取り組み、
島に戻ったキャプテンらは、さっそく島の復興に取り組み、
その一環として食料確保の為にブタを飼う事を思いついた。
その養豚の場所として選んだ海岸が、当時は違う名前だった、
その養豚の場所として選んだ海岸が、当時は違う名前だった、
このブタ海岸だったのだ。
ブタをブタ海岸に運び込む際には、駐留していた米軍が協力してくれ、
ブタをブタ海岸に運び込む際には、駐留していた米軍が協力してくれ、
上陸用舟艇でブタを運んでくれたなどと言いながら、
キャプテンは懐かしそうに目を細める。
「ブタ海岸だけじゃなくて、鮫池なんかもそう。
「ブタ海岸だけじゃなくて、鮫池なんかもそう。
勝手に呼んでいたら、いつのまにか地図に記載されるようになっちゃった。」
遂に小笠原に別れを告げる時がやってきた。
まだまだイロイロと楽しみたかったけれど、
まだまだイロイロと楽しみたかったけれど、
おがさわら丸が二見港を出てしまった今となっては、次回のお楽しみにするしか無い。
しかし、ひとつオマケの楽しみが待っている。
それは、『おがさわら丸 見送り船団』とでも言うべき、有名な見送りスタイル。
父島を去るおがさわら丸を、大小のクルーザー、ダイビングボート、
しかし、ひとつオマケの楽しみが待っている。
それは、『おがさわら丸 見送り船団』とでも言うべき、有名な見送りスタイル。
父島を去るおがさわら丸を、大小のクルーザー、ダイビングボート、
漁船などなどが、おがさわら丸を取り囲むように並走して見送ってくれる、
なかなかカンドー的な光景なのだ。
シーカヤックまでもが参加していたけれど、
シーカヤックまでもが参加していたけれど、
さすがにアッというまに引き離されちゃって微笑ましい。
「また来いよぉ」
などと口々に叫びながら集団で海に飛び込むパフォーマンスを
見せてくれたりする船もいて、そりゃもう楽しいの一言。
おがさわら丸の乗船客達も、甲板にズラリと並んで手を振ってそれに答える。
あのキャプテンのピンク色のクルーザーも登場し、
おがさわら丸の乗船客達も、甲板にズラリと並んで手を振ってそれに答える。
あのキャプテンのピンク色のクルーザーも登場し、
デッキに立ったオネェチャンが半ケツ姿で、千切れんばかりに手を振ってくれる。
そしたら・・・・
なんだか妙にデカい船が、その見送り船団の後を追いかけてくるのだ。
その正体は、なんと!!
ははじま丸ではありませんかぁ!!
そりゃデカい訳だ。
ははじま丸までが見送りに参加するなんて、コレはオドロかなければならない。
なんだか妙にデカい船が、その見送り船団の後を追いかけてくるのだ。
その正体は、なんと!!
ははじま丸ではありませんかぁ!!
そりゃデカい訳だ。
ははじま丸までが見送りに参加するなんて、コレはオドロかなければならない。
しかし、さすがにソレは思い違い。
いまだに残る台風の影響の変則的な運行と、
いまだに残る台風の影響の変則的な運行と、
今日の大混雑によるおがさわら丸の出航の遅れが重なって、
おがさわら丸とははじま丸が、ほとんど同時スタートになってしまったのだった。
おがさわら丸と違って、普段は淡々と入出航を繰り返しているははじま丸。
オコボレとは言え、いつもと違う賑やかな船出に、さぞやカンドーしたに違いない。
楽しいひと時には必ず終りが訪れる。
見送り船団も、一隻、また一隻と、Uターンして去っていく。
今度こそ本当に、小笠原の旅の終了なのだ。
その地域独特の古式ゆかしい伝統行事は見応えがあるし、
おがさわら丸と違って、普段は淡々と入出航を繰り返しているははじま丸。
オコボレとは言え、いつもと違う賑やかな船出に、さぞやカンドーしたに違いない。
楽しいひと時には必ず終りが訪れる。
見送り船団も、一隻、また一隻と、Uターンして去っていく。
今度こそ本当に、小笠原の旅の終了なのだ。
その地域独特の古式ゆかしい伝統行事は見応えがあるし、
イベント的なモノではなく日常生活の中に垣間見える風習にさえ、
理屈を越えた感動を覚える事だってある。
それに対し、例えどんなに盛大でも、PRだけが先走ってるような新興イベントには、
それに対し、例えどんなに盛大でも、PRだけが先走ってるような新興イベントには、
お子様ランチや幕の内弁当のような印象しか持てない。
それらが、イイカゲンにやってるとか美味しくないとか言ってる訳ではない。
実物を見る前から、中身が想像できちゃうのだ。
無理に取り入れられた地域性だって、肝心の特産品を入れ替えちゃえば、
それらが、イイカゲンにやってるとか美味しくないとか言ってる訳ではない。
実物を見る前から、中身が想像できちゃうのだ。
無理に取り入れられた地域性だって、肝心の特産品を入れ替えちゃえば、
どれがどれだか区別がつかない。
そして集団カンニングの様に、同じ個所を皆がオソロイで失敗してたりする。
まるで『初めてのイベント開催入門』なんて本を、
そして集団カンニングの様に、同じ個所を皆がオソロイで失敗してたりする。
まるで『初めてのイベント開催入門』なんて本を、
あちこちで回し読みしているみたいなのだ。
歴史の浅い小笠原においては、ほとんどが『新興イベント』であり、
歴史の浅い小笠原においては、ほとんどが『新興イベント』であり、
そして『新興生活』のハズである。
にもかかわらず、ヘンな型にハマったワザトラシさの無い、一種独特な、
にもかかわらず、ヘンな型にハマったワザトラシさの無い、一種独特な、
そしてなんだか心地よい世界が形成されている。
一種独特な理由は、日本でも稀な生活環境である小笠原には、
一種独特な理由は、日本でも稀な生活環境である小笠原には、
『初めてのイベント開催入門』なんて本を参考にする事自体が意味をなさないからだろう。
それでは、心地よさの理由は何だろうか。
それは、観光が重大産業であるにも関わらず、ヘンに観光に媚びていないからではないかと思う。
観光客の足元を見てフンゾリかえってるという意味ではない。
至れり尽せりの設備が整ってるほうが居心地が良さそうな気がするけれど、それは違う。
過剰な観光設備の陰で破壊されている自然のカケラを見るほうが、かえって気が滅入る。
残念ながら世間では、至れり尽せりタイプの要求が多数派なのかも知れない。
しかし、小笠原という小さな世界でそんな要求に答えたら、
それでは、心地よさの理由は何だろうか。
それは、観光が重大産業であるにも関わらず、ヘンに観光に媚びていないからではないかと思う。
観光客の足元を見てフンゾリかえってるという意味ではない。
至れり尽せりの設備が整ってるほうが居心地が良さそうな気がするけれど、それは違う。
過剰な観光設備の陰で破壊されている自然のカケラを見るほうが、かえって気が滅入る。
残念ながら世間では、至れり尽せりタイプの要求が多数派なのかも知れない。
しかし、小笠原という小さな世界でそんな要求に答えたら、
大切なモノがアッというまに失われてしまう事を、島の人々は十分に知っているのだ。
それが何よりも大切であるのだと思えなければ、誰が好き好んでこの島に定住できるだろうか。
そういう人々の手によって守られている環境だからこそ、
それが何よりも大切であるのだと思えなければ、誰が好き好んでこの島に定住できるだろうか。
そういう人々の手によって守られている環境だからこそ、
肩の力の抜けた心地よさを感じられるのかも知れない。
ピンクのクルーザーのキャプテンにしろ、母島の民宿のオッチャンにしろ、
ピンクのクルーザーのキャプテンにしろ、母島の民宿のオッチャンにしろ、
直接的には触れ合わなかった島の人々にしろ、みんな小笠原の歴史の最前線に立って、
この島と友好的に共存できる文化を築き上げている真っ最中なのだ。
【それ以外の過去記事】
船内レストラン(おがさわら丸)
幸福の青い旗(小笠原・南島)
おがさわら丸、、、船中2泊の大航海。。(東京都小笠原村)
乳房山、、、小笠原諸島の(有人島では)最高峰!(母島・東京都小笠原村)
この記事へのコメント
narayama2008
小笠原諸島への旅行は一般の観光地への旅行と比べるといろいろ不便な面もありますが、それもまた旅の楽しみなんでしょうね(^^)
船団による見送りは今も行われているのかな、気になります(^^;
お疲れさまでした。
たかちゃん
東京都も広かぁ~ね。行った事無くて検索して見ました。
今でも交通アクセスは「片道24時間の定期船が週に一便
程度運航しているのみです」
流石おぎひまさまご夫妻あっぱれです、良い経験されましたね。
何してたか?と振り返ると60歳定年した夫と「ビジネスクラスで
行く南米21日間の旅」で奮発しましたねぇ。
思い出沢山有りますように。。。
ありがとうございます。
おぎひま
母島の民宿のオッチャン曰く、
「不便だと思う人は来ないで欲しい」
それが全てだと思います。
二見港でのお見送りは、引き続き行われている模様です。
おぎひま
おかげさまで、楽しく過ごされました。
ワタクシどもも、リタイア後は、
poniesさんご夫婦の後を追うように、アレコレ旅をしたいと思っております。
わくわく。。
山ちゃん
小笠原は行きたくても簡単に行けないから魅力的なんでしょうね。一度は行ってみたいと思っていましたが、もう百名山を完登しただけで長距離の移動は辛いです。でも島からの帰りに船団でのお見送りは経験してみないと感動が湧きませんね。
おぎひま
確かに、遠くて生きづらいです。。
通常期だと、行き帰りを含めて最低でも5泊6日。
それで島内は3泊しか出来ません。。
もっと滞在したければ、11泊12日になります。
お見送り船団は、多客期には八丈島などでも見られるそうですが、
規模は全然違います。。。