東京も含め、全国的に「コ」の新規感染者が激減中ですね。
なぜかニュースでは「拡大中」と言い続けていますけれど、
ピーク時の3分の1以下ぢゃないですか。良き事です。
アキバの街も人出が増えました。
外国人の方も増えましたし、ニギワってこそのアキバですよ。
客引きネェチャンは、ちょっとウザイですけどね。。
秋葉原駅に乗り入れるJR線の、オヤダマ格は山手線でしょうね。
東京の街を、ひたすらグリグリ回っています。
田端から品川までは京浜東北線が並走、、、良き女房役です。
ただし、寄り添う区間は快速になっちゃたりしますから、
カカァ天下なのかもしれません。。
車体のカラーは、山手線が緑、、京浜東北線が水色です。
黄色い総武線も、秋葉原に乗り入れてきます。
アキバでは、一番高い所を走っていまして、、
そのホームへの行き方がムツカシく、多くの遭難者を出しました。。
それでも今は、少しマシになりましたが。。
総武線を使いコナしてこそ、秋葉原駅を制する事が出来ましょう。

オレンジ色の中央線は、秋葉原にはやって来ません。
舐めるようにカスメています。
最もアキバに近い駅は、1本も列車が停まらない休止中の万世橋駅。
事実上の廃止駅ですけれど、、法規上は休止駅なんですって。
今でも、当時の階段やホームの一部が残っていまして、
終点駅だった頃の面影もホンノリと確認できます。
アキバの範囲は、東京都が策定した「秋葉原地区」に従えば、
神田川、昭和通り、蔵前橋通り、昌平橋通りに囲まれた地域、、
下図の、赤い点線の内側がソレです。
地域内を縦横無尽にJRが走り抜けているイメージですけれど、
実際には、けっこうハジッコ寄りですね。。
それらの路線を地図に書き込むと、、こんな感じです。
緑:山手線
水色:京浜東北線
黄:総武線
オレンジ:中央線
そして灰色は新幹線と上野東京ラインです。
なお、町名としての「秋葉原」も存在するのですが、右隅のピンクの点線内だけ。
静かなオフィス街で、行政は台東区になります。
折り重なるように神田川を渡る、山手線(下)と湘南新宿ライン(上)。
湘南新宿ラインは、東京発の東海道線と上野発の東北線などを結んだ比較的新しい線路で、
お互いに乗り入れられるようになりました。
その結果、「熱海発 黒磯行き」といった、意味不明な長距離鈍行も存在したんです。
走行距離は267.9km、、5時間弱の運転だったそうです。
今年のダイヤ改正で、途中で分割されたそうですが、
果たして、乗り通す人は居たのでしょうか。
コドモの頃、母方実家の長野県に出かける際、、
特急「あさま」の ごく一部の列車は、東京発だった記憶があるのです。
上野東京ラインは存在しませんから、どこを走っていたのか、、、
それは簡単。当時は上野と東京を結ぶ線路があったんです。
上野発着だった東北・上越新幹線を東京駅に乗り入れさせる為、
新幹線にスペースを譲り、線路を剥がされてしまった訳です。
後から、高架で作り直したのが今の上野東京ライン。
なんだか勿体ない事をしましたね。
ギッチリと都市化された地域なので、線路を新たに作るはタイヘンでしょう。
すでに大正時代から、このあたりに鉄道を通すのは困難で、、、
当時の、各方面への始発駅を見てみますと、、
北側の東北・上信越・常磐方面には上野駅、
東側の房総方面には両国橋駅、
南側の東海道放免には東京駅、
そして西側の中央線方面には万世橋駅。
分散していて、乗り換えもタイヘンだったに違いありません。
図は、「新訂 旅と歴史」より」
その空白部分(下図の青線)が全て開通したのは、1930年(昭和5年)。
けっこう昔に引かれた線路ながら、、
都市部にムリヤリ通したので、全て高架線になります。
ドッシリとしたアーチ型、、レンガ造りの高架線で、なかなか貫録モノですよ。
今では高架下が大々的にリニューアルされ、コジャレた店が並んでいる地域もあったりします。
新橋あたりには昔ながらのガード下の部分も残っていますので、
新旧入り乱れ、、アレコレ楽しめましょう。
図は、「乗り物ニュース」より
各方面へのターミナルが集中していたほうが便利なのでしょうけれど、
分散していた時代も、懐かしい限りです。
あ、、大正時代は知りませんですよ。
上野駅が、北方面への玄関口として機能していた時代のハナシです。
今では単なる途中駅になりつつあり、、その凋落は大いに寂しいものがあります。。
一時期、バイクと一緒に北海道まで運んでくれる「モトトレイン」なる列車がりまして、
ソレに乗る為に、バイクが列をなして上野駅の13番ホームを押し歩きしたんです。
その光景が、やたらめったら懐かしくてタマりません。。
この記事へのコメント