島内を散歩中、目に入った学校がありました。
初島小中学校と言いまして、木造の校舎なのですが、、、
なんでも、日本最大のログハウスなのだそうです。
さらにオドロいたのは、この学校の校歌。
歌詞を刻んだ石碑を見てみたところ・・・・
なんと、
作詞:阿久 悠
作曲:三木たかし
とあるぢゃないですか!
ど、どういう訳でしょうか、コレは!
歌詞は、以下の通りです。(一番のみ掲載)
空にも道がある
海にも道がある
流れる風にも道がある
歩けよたずねよ 自然の子らよ
太陽と語れよ、おおらかに
君らにはあり余る光があり
君らにはあり余る愛がある
視界は、はるか三百六十度
地球の丸さを知る子供たち
初島、初島、ああ初島
さすが、両巨匠。
キチンと校歌チックに仕上がっていますね。
ちなみに、少々調べてみたところ・・・
校歌が無かった同校の校長が阿久悠に手紙で依頼し、
生徒たちは漁の手伝いをして予算を貯めていたそうです。
阿久悠はソレを快諾し、三木たかしも巻き込んでくれたのだとか。
ギャラは受け取らず、自身が初島灯台に登って眺めた景色を詩にしたそうです。
奈留島の、ユーミン作の校歌(正式には愛唱歌)を思い出しちゃいますね。
初島小中学校公式サイト:
奈留高校公式サイト:
奈留高校の石碑:

この記事へのコメント
レンジでチン
停止が決まった浜岡原発から、初島も80km程度のところです。
東海沖地震が起きて津波が襲ったら、どうなるのでしょうか?
あの島には高台が無いし、それほど高い建物もないですものね。
桟橋のところの食堂街(民宿街?)で被災したら、とても恐ろしいのです。
貴殿が長野で放牧されていたように、僕も宮城県の女川の近く、雄勝で放牧されていました。
今回の津波では、小父さんの孫が23歳で犠牲になり、石巻市門脇で、シートベルトを締めたまま黒こげになって自動車から発見されました。
津波の跡に広範囲な火災が発生しましたから、水死した後に燃えたのだと思います。
それでも、車にはナンバープレートが付いていましたから、身元確認が出来た訳で、未だに1万人以上の行方不明者が居る中では、幸運? ラッキー? な方だったのだと思います。
僕がガキの頃に放牧されていた思い出の地は、集落ごと無くなってしまいました。
貴殿のお子たち、これからのこの国を背負う子供たちには、どんなことをしても健全に、健康に成人してもらうための、義務が僕ら大人たちにはありますよね。
おぎひま
そうですか、今回の震災で身内の方が被災されたのですか。
痛々しいお話、、、ご冥福をお祈りいたします。
我が家は、いわゆる0メートル地帯に位置しておりまして、
東京湾で同規模の津波が発生しようものなら、
テレビで拝見した惨状の再現になるのではと懸念しております。
いざと言う時のため、コドモ達には常日頃から、
避難が可能なビルをチェックしながら行動するようにと言い聞かせている次第です。
で、初島ですが、、、
島は標高50メートル程度の台地状になっておりまして、
適切に避難さえすれば問題なし、、と言う事が、公式系のサイトに記されておりました。
もっとも、不意打ちのような襲撃に、そんな簡単に「適切な避難」が行えるのかどうか・・・
その答えは今回の震災に思い知らされたようにも思えます。
多くの方々が犠牲になられたのが現実であるならば、
せめて、それを教訓にさせて頂き、
日頃から注意を怠らずに暮らしていきたいと思う所存です。